経験と教訓と本 
木曜日, 4月 19, 2007, 07:40 PM - 戯れ言
人は経験から教訓を創る。
そしてそれを生きる糧にする。

教訓は人や本から学ぶことはできる。
しかし教訓を学んだところで
その教訓が創り出される背景となった経験はわからない。
そして背景となる経験がわからなければ、
自分の人生とそれを照し合せ、
教訓を実行すべき時であるか判断することはできない。
だから教訓を学ぶなら、
同時にその教訓が生まれた背景を考えなければならない。

人は経験から教訓を創ることができる。
しかし経験から教訓を創るのは経験を得た当人である。
だから当人が教訓を創れなければ教訓とならない。

人は人の話や本から経験を想像することができる。
しかし経験から教訓を創るのは
人の話を聞いたり本を読んだ当人である。
だから当人が教訓を創れないこともあるし、
創り出した教訓が話をした人や本の著者と違うときがある。
もっともそれは悪いことではない。

人が一生に経験できることは微々たるものだ。
人の話や本は自分だけでは得ることのできない
経験や教訓を与えてくれる。
だが教訓から背景となる経験を推測したり、
経験から教訓を創り出すことを自分でできなければ、
それらを無駄にしてしまうだろう。

人の話や本の与えてくれる経験は
自分だけで得られる経験より圧倒的に多い。
しかし自分の経験は圧倒的に濃い。
だから人の話や本も大事だが自分で経験することも大事だ。

まぁ考え過ぎはいくない。
結局は適度に人の話を聞き、本を読み、経験することか。

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何でも彼でも日本語にすればいいってものじゃない 
日曜日, 4月 15, 2007, 11:16 PM - 戯れ言
英語の名前を無理矢理日本語に訳したため、
余計に意味がわからなくなった言葉が多いと思った。

日本語は漢字が意味を持ち、
漢字を組み合わせることで読みがわからなくても
意味が汲み取れるように単語や熟語をつくる。
しかし訳語を作るときはそれに当てはまらなかったり、
もしくは適さないことが多々ある。
とくに僕が見た限りだと数学と情報はこれが顕著だったと思う。

関数、方程式、微分、積分、因数、対偶。
これらの用語は数学アレルギーな人が聞くと寒気がするか
なんのことやらわからなかったりするだろう。
寒気がするかはともかくとして、
予備知識無しにこれらの単語を聞くと意味がわからないのは当然だ。
これらの単語はもはや漢字から意味を汲み取るのが不可能だからだ。

これらの用語を元の意味の英語に戻してみよう。
関数:function(作用、機能の意)
方程式 : equation(等しい状態、等しくするの意)
微分 : differential calculus(差異に基づく計算、他と異なる計算の意)
積分 : integral calculus(一体化した計算、統合された計算の意)
因数 : factor(要素、要因の意)
対偶 : contraposition(対置、対立の意)

元の英単語は日本語に無理矢理訳したような造語ではなく、
もともとの意味を持っているため、
英単語の意味がわかればある程度は用語としての意味が推測できる。
つまり英語圏の人間にとってはそれほど難しい言葉ではない。
もっとも英語がわかればの話だが。

英語圏の人間にとってこれらの用語の単語は特別なものではなく、
感でも意味が推測することができるだろう。
しかし日本語に無理矢理訳すると
たちまち専門用語として暗記しなくてはならなくなってしまう。
そしてその意味も別に覚えなくてはいけない。

厄介なことに単語が難しくなると
用語を覚えることに異義があると誤解してしまうことがある。
そのため「関数、方程式、微分、積分」などの
言葉を羅列すれば格好いいと思っている人が出てくる。
高校数学とかではいないかもしれないが、
専門性を帯びた分野になると時々見かける。

確認はしてないが中学、高校の過程では
他の教科に英語を混ぜてはいけないらしい。
カタカナ語はあるけれども英語表記のままのものは無かったと思う。
このためか無理矢理訳した用語が記述されている。
日本語として意味を成していない用語と、英語としての意味を成した用語、
「僕は」素直に英語もしくはカタカナ語にした方が無難だと思う。
でも世界史の国名や人物名でカタカナに直し難いものはここでは対象外する。

ちなみに日本語に訳するのが絶対的に悪いというわけではない。
日本語の用語でも、漢字から意味が汲み取れる用語は良いもので、
それが日本語の美しいところだと覆う。


高校物理についても当てはまるかと思って
高校の頃の教科書をひっぱりだして索引を見てみたが、
意外に日本語として意味が通った用語が多かったので、
今回は高校数学の用語だけに絞った。

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ブログにコメントを付けれないことについて 
日曜日, 4月 15, 2007, 10:14 PM - 近況
僕のブログにコメントを付けたいけど付けれないと情報を頂きました。
制限がかかっているようだといわれました。

自分でコメントを付けて試したときは付けれたし、
過去にコメントを付けてくれた方がいたので問題ないと認識していました。
何か変な制限を書けていたかなと思って調べてみたらこんなのを見付けました。
Anti-Spam: Enter
「数字を書いた画像」
「入力欄」

そういえばスパム避けの機能をオンにしていました。

これは「数字を書いた画像」の数字を人が読んで「入力欄」に入力することで、
機械的に広告を書き込んでいくスパムを避けるための機能です。
不特定多数のアクセスできるブログを使ったことがある人は知ってると思いますが、
コメントにスパムがたくさん来るのでそういうのを削除していると切りが無いので、
悲しいけど使用しなければいけない機能です。

しかしその部分の説明に「Anti-Spam: Enter」としか書いていないのならば、
普通の人間には何の事だかわからないでしょう。
私もこれは確認するべきでした。
この説明は「Anti-Spam: Enter」としか書いていないので
直訳しても「スパム避け:入力」で単体では意味がわかりません。
さらにスパム避けのために画像の数字を読んで入力するということを知っていなければ
この機能がどういったものか理解できないことになります。
結果としてこの機能の意味がわからず、コメントできない人が出てしまった。

せめて「Input numbers of image for Anti-Spam」とかなら
「スパム避けのため画像の数字を入力してください」ということで
ちゃんと意味が通ったのだけど、
説明を書いた人はそこまで考えていなかったようです。

英語の壁と知識の壁が二重にあり、
両方の壁を越えれなければ理解できない状況になっていた。

なお、現在は日本語でコメントを書き直しています。

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愚痴なら聞くよ? 
木曜日, 4月 12, 2007, 09:33 PM - 戯れ言
自分が弱いことを許せない人、嫌いな人は愚痴をいうのが嫌いであろう。
人に愚痴をいうということは、
信頼していない人になんか愚痴なんていえないから、
いわれた人にとっては信頼されているということ、
いう人にとってみれば信頼しているということになるだろう。
もっとも最近だとネットの匿名性を利用して
まったく知らない他人に愚痴をいうこともできるが、
それで気が晴れるかはわからない。

困ってる人に「愚痴なら聞くよ」という人を見る。
普通の人が信頼関係がある人にそういわれたなら良いだろう。
ただ人間不審に陥るくらい疲弊しきった人に
その言葉をいったらどうなるだろう。
考えてみてほしい。

「愚痴なら聞くよ」という言葉は最適解ではなく、所詮は局所解だ。
どんな人にもその言葉が有効とは限らないし、むしろ逆効果のこともある。

「自分が周りから見て弱いように見えるからそんな言葉いわれるのだろう」
「人に愚痴をいうのは自分の弱いところを人に見せてしまう」
「相手は弱い人間を助けることで自分の優越感を満たしたいと思っている」
このように考えてしまうくらい疲弊してしまった人がいたとしたら、
その人に「愚痴なら聞くよ」といったところで逆効果にしかならないだろうと
「僕は」思う。

人間不審に陥るくらい疲弊した人はどうしたらいいのだろう。
信頼できる人を探して人間不審を解くのか、
自分の弱さを認めて愚痴を出していくのか、
自分の経験をでっちあげて人生の糧にしたり宗教を信仰することで
自分の中に信念や心の支えを創るのか、
他にも方法はあるかもしれないけど人それぞれだろう。

これを読んだ人は結局どうすればいいんだよと思うかもしれない。
これは僕も答えられない。
僕も僕なりの考えから僕なりの解を探し行動しているだけで、
それが良い解とも限らないし、むしろ悪い解かもしれない。
結局のところ、疲弊している人も助ける人も自分で考えるしかない。

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風邪と病院と血液検査 
水曜日, 4月 11, 2007, 11:35 PM - 近況
2週間前に38度5分の熱が出て、熱は引いたけれどもお腹の調子が激しく悪い。
病院にいったら
「消化系の調子が狂ってるから薬飲んで当分は安静にしているように」、
といわれたからしばらくは安静にして治ったように見えた。
しかし3〜4日前にまたお腹の調子が崩れるは喉は痛いはで、
再度病院に行くことになった。

採血して血液検査をして貰った。
「血液のバランスが崩れてるし組織が壊れてるね」
といわれた。
とにかく当分は安静にしていた方が良さそうだ。

しかしまぁ血液検査でバランスが崩れているのがわかるのはわかるけど、
組織が壊れてるかどうかもわかるのは初めて知った。
医学の進歩を舐めていた。

でも一週間くらい前に受けた健康診断の検査結果は血液検査も含めて全て正常だった。
まぁ検査項目が違うんだろうけど、なんか釈然としない・・・。

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